仙台エレジー ~ソニーに思う~
そこの君寝ないで!
久しぶりに仙台に来て、なつかしいあの頃を思い出します。
およそ10年前、私は毎月最低1回仙台にきていました。目的は多賀城にある仙台ソニーと取引を開始するためです。簡単に言えば飛び込み営業をしていたわけです。
もちろんまったく縁もゆかりもないのでは、担当者に会うこともできませんから、東京の本社のメンバーの紹介やら、転勤で仙台にきている人たちをたずねたりしていたのです。
それはそれは昔、ソニーは大崎に工場があったのですが、初めての本格的な工場として厚木に新工場を作ります。そしてその厚木工場の次にできたのが仙台工場なのです。今では世界中にたくさんの工場を持つソニーの中でもとても伝統のある工場です。
今の仙台工場がどんな製品を中心に作っているのかは知りませんが、当時の仙台工場はメディアといわれる、記録媒体の開発、製造が主な役割でした。
記録メディアとは、今ならDVDなどをさしますが、当時はベータマックスのビデオなどを作っていました。
面白いことにベータマックスビデオはVHSに負けてしまったけれど、それでも少ないファンは残っていて、そのファンたちはベータの画質がいいから買ってくれるので、値引きなどをする必要はなく、その上まったくライバルがいないので、仙台工場でもっとも利益率の高い製品だったそうです。
そういえばソニーという会社は、いつも他のライバルメーカーたちと違う製品を作っていました。
ベータマックスのビデオだけでなく、ウォークマンやトリニトロンテレビ。
ウォークマンやトリニトロンにも少なからず思い出があります。
ブラウン管テレビの構造はずいぶん昔に確立された技術ですが、実は2種類あります。ソニーはその一方の技術「クロマトロン」方式をただ一社採用していました。これは他の会社と同じ製品を作らない伝統がそうさせたのでしょうが、実は大変なリスクで、まともな製品になるまで10年以上かかったそうです。そのせいで大変な業績不振も経験したのですが、社内の強烈な反対を押し切り最後には製品化に成功します。
このクロマトロン技術を使った日本製のテレビををトリニトロン、そしてその研究開発を行っていたのが、ソニー厚木工場だったのです。
トリニトロンとは簡単に言えば、シャドウマスクといわれる湾曲した穴の開いたシートをブラウン管の前面ガラスの下に使わず、アパーチャーグリルという湾曲していない部品を使うテレビですが、シャドウマスクが湾曲しているため安定感があるのに比べ、安定させるために上下に2トン程度の力で引っ張っておく必要があり、その構造がコスト高で、さらに技術的にも難しくどこの会社も手を出さなかった技術です。
しかしこのことが数十年たったときに大変な成功をソニーにもたらします。
テレビのブラウン管の中は真空になっているのですが、その真空を維持するためにはブラウン管のガラス自体に強度が必要です。そのためテレビの画面は丸く湾曲していました。その湾曲にあわせてシャドウマスクという部品も湾曲していました。
ソニーのアパーチャーグリルは湾曲していず、上下に引っ張って安定させていたわけですが、あるガラスメーカーが湾曲させなくても強度を保てるガラス素材を開発したのです。もちろんそのメーカーの技術者はソニーをたずねて、製品の紹介をします。
当時テレビのブラウン管は湾曲していると常識的に思っていた私たちですが、ソニーはガラスメーカーの提案を受け入れて平面テレビを発売します。そうあの「ベガ」です。
ベガが市場の予想をすべて覆す大ヒット商品になり、他社も追随しあっという間にテレビは平面ブラウン管が当たり前になってしまったのです。
しかしここでライバルメーカーは大変な不利になります、何しろすべての部品が湾曲しているのに最後の最後に平面にしなければならなかったのですから。
仕方がないので普通にブラウン管を作ったうえで、平坦なガラスを貼り付けるなどの付け焼刃的な対策を打って平面テレビを発売します。最初から平面的な構造を持っているトリニトロンに比べて、コストがかかる他のメーカーはどんなにがんばってもソニーに勝てるわけがありません。
ウォークマンも常識はずれの製品でした。
ウォークマンが世に出たのは、音楽が割りと高尚な趣味であった時代。人生に成功したら居間にフルスペックのステレオを置く。そんな時代です。そんな時代に携帯音楽プレーヤーを発売したのです。
その後ウォークマンは長きに渡ってソニーの収益の柱となります。
10年ほど前、ウインドウズ95が発売され、パソコンがだんだん当たりまえになってきた頃。
「ウォークマンも今のパソコンの普及を考えると、ハードディスクを搭載して、何千曲もデジタル録音できる時代がやってきますよね。」
「いや、実はもうできてる」
「やっぱり。だって考えたら構造単純だし。でもそうなるとカセットテープやMDみたいに駆動系が必要ないから、結構簡単に製品開発できちゃいそうですね。いかにビジネスモデルを作るかが重要ですね。でもウォークマンって言うブランドを持っているソニーさんは断然有利ですよね。」
そんな話をしたのを覚えています。
しかし結果は予想に反してまったく違うことになりました。
ソニーは携帯音楽プレーヤーの発売をアップルに先を越され、市場を失ってしまいます。
ベガによって「テレビは平面」を全世界に普及させたソニーが、薄型テレビではまったくもって市場投入が遅れ、そして会社は現在のような大変な苦境に陥っています。
*薄型テレビは現在韓国のメーカーと共同で製品供給を始めて、やっと盛り返しています。しかしこれはソニーの世界規模での販売力によるところが大きく、製品力ではない。
最近のソニーの苦境を見るにつけ思うことがあります。
ソニーは社内の反対を押し切り、10年に渡ってトリニトロンを開発して成功を収めます。常識はずれのウォークマンを作り、会社の柱に育てました。
しかし、ベガがあまりに成功し市場を独占したことにより次の製品を作ることに躊躇したのでしょう。何しろせっかく成功した市場を壊してしまうのですから。そのため薄型テレビでは完全に出遅れました。
デジタル音楽プレーヤーは10年も前に製品化できていました。でも本格的市場投入はされませんでした。そうこうしているうちにアップルに市場を席巻されてしまったのです。市場投入が遅れたのは、今せっかく売れているウォークマンが売れなくなってしまうからでしょう。
企業はいつも市場でライバルとの競争にさらされています。ライバルに勝つために努力を続け、そして結果を出していきます。
しかし、結果を出したそのときから新しい挑戦が始まっているのです。そして結果を出した会社であればあるほど、その新しい挑戦の相手は「成功した過去の我が社」であることがほとんどなのです。
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Posted by 金丸 : Comment(4) | 2006.10.22.
4 thoughts on “仙台エレジー ~ソニーに思う~”